2024→2025
去年の抱負は仕事に就くことだった気がする。ちなみに今年の抱負は健康でいることだ。
食の側面から言うといろんなおいしいものをたくさん食べれた一年だったと思う。去年は高価格帯のハンバーガーにハマっていろいろ食べに行った記憶がある。今年もおいしいものたくさん食べたい。デパートのお高い惣菜を買ってみたい。肉屋のコロッケが食べたい。最近のマイブームはもつ鍋。
去年は5月から新しい仕事が決まって、本当に仕事にかかりきりな一年だった。自分がやっていて自然に楽しいと思える活動が誰かから感謝されることってあるんだなあとこの歳にして初めて実感してじんわりと嬉しい気持ちになった。あと仕事で得た知見がそのまま趣味に活きるのは面白い体験だなと思った。練習できてない時間もインプット続けられるのは助かる。願わくばずっとそういう領域の仕事をしていたい。
ただある程度やることに慣れてくると組織の中のバランスとか政治的な領域とかいろんなものが見えてくる。前職はほぼ1人で仕事を回してたから、次の職場ではもうちょっといろんな人と楽しいことや課題を感じることについて話してみたかった。実際やってみると、なんかとても周りに気を使うし、会話の一つ一つに文脈や意味が乗っかってくるし、相手との関係を考えながら話さないといけないから結構大変だなと思ってしまった。会話の周りにひっついてくるあらゆるものを剥ぎ取って意味や目的だけ相手の脳に直接送れたらいいのになあ。だから嘘をつくのが下手そうな人には好感を抱いてしまう。言い方がちょっと不器用でもなんとなく安心できるなと心のどこかで思ってたりする。言い方も限度はあるけども。
そして不思議なのだが、仕事の成果物を眺めてもあんまり感動がないことに気づいた。周りの人におつかれって労ってもらうのはすごくすごく嬉しいんだけど、成果物を眺めた時にこれをわたしが作ったんだ!みたいな情緒が湧き上がることが全然ない。ただ必死こいて終わらせたタスクだな…という気持ちにしかならない。別に暗い気持ちになるわけではなくて、ただそういう達成感っぽいものが得られた感じはあんまし存在しないってだけである。でもこれって今に限ったことではなく前職からずっと続いている感情で、環境を変えたら変わるのかなって思ってたけどそうじゃないみたいだ。どんな楽しい活動も仕事や義務になった時点で生きるためのお金を稼ぐためのクソみたいな作業としか思えなくなるのかもしれない。もしかして…根本的に…労働が嫌いすぎる…?でもどうせクソみたいな作業であることに変わりないならできるだけ楽しい領域でやったほうがいいのかもしれない。そういえばそう考えてこの仕事を選んだのを思い出した。
そして忙しすぎた故、オタクとしてのライフは0に等しかった。でもskebをできるだけがんばった思い出がある。仕事がもうちょっと落ち着いたら再開したい。めちゃくちゃ描きたすぎる。そんなに年中描いてるわけじゃないのにあまりにも絵を描く時間がなさすぎてストレスが溜まってきたのでこの年末年始をお絵描きにぶつけまくっている。絵描いてる時って自分の好きなものを好きなだけ大事にできる時間だな。どんなに忙しくてもわたしの人生には絶対こういう種類のものが必要だと思った。
今年の抱負:健康に過ごす+絵をもっと描く